新しいこと

どんな事件でも全く同じということはないので、最善と呼べる方法は人によって違います。
前にこの方法がうまくいったから、と言うのでは進歩がありません。
過去のプロセスが全く無駄になる訳ではないですが、常に新しい事件です。
相手方の反論だって少しずつ変わってきます。
その違いを無視して、同じことをしていたら、進歩はもちろんのこと「停滞」ですらなく「退化」です。
「進歩」するよう頑張ります。

司法という手続は、権利救済の最後の砦ですから、法律に照らして正しいか否か、が唯一の判定基準です。
そこには金持ちが正しい、社会的地位が高いから正しい、などということはありません。
もちろん、原告の数が多いから、などという理由で判断が左右されることもありません。

一人のためであっても1万人のためであっても、やるべきことは同じで、裁判の内容も結果も変わりません。

責任の重さに時としてつぶされそうな気持ちになります。
結果が約束できない裁判を弁護士に託すのは、その弁護士に人生の岐路における選択を委ねたにも等しいですね。
だからこそ、どんなときも全力をもって、その期待に応えるべく努力することでしか、その信用に向き合うしかないのでしょう。