ある時計師の話

昔昔、あるところに、時計師がおりました。
独自の機構を開発しては、発表していましたが、商売気がなく、特許を取るなどの発想はありませんでした。
この職人気質に目を付けたのが同業者です。
設計図面をもらい受け、自分が独自機構を開発したかのように触れ回りました。
ところが、さらにその商品を見て、独自機構ではなく、形状だけを模倣した大量生産時計を発売する業者まで出てきて、独自機構の精密さを廉価で提供受けられると誤信した市民に広まり、この模倣業者が多額の利益を得ることとなりました。
面白くないのは、独自機構を開発した時計師が謙虚なのを良いことに、自分たちの手柄にしようとした人たちです。
すぐに、模倣業者を非難し出しました。

ところが、是に輪を掛けて面白くない人たちがいました。クオーツを販売している大手メーカーです。
自分たちの利益が減少したどころか、倒産の憂き目にまで遭う羽目になりました。
そこで、彼らは、誰をつぶすのが一番得策かと考えて、一番最初の時計師を狙うことにしました。
えん罪をでっち上げ、恐れながらと時計師協会に陳情しました。
全くのえん罪ですが、時計師協会もこの時計師が謙虚で職人気質でありながら結果を出すことを日頃から疎ましく思っていましたので、是幸いとばかりに、えん罪の申立に、有罪判決を言い渡しました。
また、時計師の技術を偉そうに自分の手柄にしていた他の時計師たちも、訴えられたのが自分たちでなくて良かったと他人事でしたので、明らかに冤罪であるにもかかわらず結局覆ることはありませんでした。

時計師は失意のうちに時計の製作を再開します。
ただ、前と違っていた点が一つだけありました。時計師は新規に開発した機構の設計図面も製品も一切公開しなくなったのです。
これにあわてたのは、自分たちの手柄にしてきた他の時計師です。あわてて、「有罪だと言っても執行猶予が付いたんだからたいしたことはないじゃないか」などと火に油を注ぐ言葉を投げかけます。
時計師は一切を無視して、ただただ自分の顧客のために時計の開発を、そして顧客の注文に合わせて独自の機構を開発していきます。
他の業者は時計師と言っても名ばかりで、自分で一から独自の機構を開発する創造性がありませんので、風の噂に新しい機構が開発されたと聞いても、同じ技術を開発することができません。

一方、独自機構が相次いで発表されなくなった時計業界は、いつしか市民の話題にも上らなくなり、時計師協会も含めて閑古鳥が鳴くようになりました。

めでたしめでたし。

この物語は完全なフィクションであり、実在する人物・団体に一切何の関係もありません。