奨学金の社会的問題

奨学金問題というのは、大学進学に奨学金という名前の「借金」をしたけど、昨今の就職難、不景気などで、返済できずに、本人と保証人になった親が苦しむというパターンな訳です。
で、取立が厳しく、金利も高くそこからさらに多重債務へ。
もう、日本という国は何が何でも国民を借金に追い込んで、濡れ手に粟の不労所得を一部の金持ちに与えたくて仕方がない、みたいな感じでしょうか。
で、そういう社会問題を「救済?」するための全国組織が設立されたのだとか。

まあ見ていてください。どうせおきまりの集会・シンポ・意見書・以上みたいな話にしかなりませんから。
それより、司法修習生、期間中の生活費が貸与になってしまっている。保証人がなんとオリコ
これも「奨学金」問題な訳ですから、上記の団体は、最高裁法務省と闘っていく訳ですね。

楽しみですね。真価が問われますね。

追伸
CAMっていうメーリングリストが昔あったんですけど、今もあるんですかね?
あったらどうだという訳ではないんですが。

再度追伸
冬は必ず春となる・・以下省略さんのブログコメント欄で、私は何もしないのに高見の見物か、みたいな非難を頂きましたので、フェイスブック上で、討論したければどうぞと申し上げました。
フェイスブック上にその議論の場所を設けましたので、お気軽にどうぞ。
何がどう間違っているのか、この機会に思いっきり議論しようじゃないですか。
私がどれだけ反対して、何が間違っているか説明しようとしても、全く聞く耳を持たず、強行して今の結果なのです。
私が非難するのは当たり前。
被害者に3000万円以上のお金を支出させて、結果、わざわざ間違っているとしか思えない裁判をしている訳です。
自分は何もせずにって、何で私が、裁判に出て行く必要があります?止めている立場なのに。
管財人の訴訟への補助参加の中で出来ることはあったと思いますけど、それはお金を取って依頼者のために仕事をする弁護士の義務・責任であって、私の義務責任ではありません。
被害者だったら、自分が依頼した弁護士以外の弁護士まで手伝って当たり前、力を貸して当たり前、みたいな論調で感情的な非難を受けるのは正直理解出来ません。


明日別件で東京地方法務局に行きます。
そのほか、巣鴨の登山靴店にも行く予定です。
したがって、そのどちらかで相談聞こうかなと思い、先ほど、以前キャスコと新洋信販の件でお電話頂いていた方に電話してみましたが、出ませんでした。
キャスコと新洋信販、最初からの依頼者が居るので、場合によっては、同じ事件処理にすることも可能かなとも思ったのですが、まあご縁がなかったということで。

で、このブログを後になって見て、今度いつ東京へ?みたいに言われても困る訳です。

新しい方法を考える度に、仮説を検証すべく、いろいろ調べます。
このときの調べた費用は、依頼者に対し請求できる訳ではありません。
うまくいったら、そのとき成功報酬をもらうので、そこで調整します。
その先のノウハウの形成にもイニシャルコストとして掛かります。
この部分を全く無視してうまくいったら成果だけは分け与えるのが当たり前、被害救済はみんなでしよう、などという偽善者が本当に弁護士の世界には多い。

後、一昨日相談に来た人はその3ヶ月くらい前にも相談に来ましたが、私が声を荒げるくらいに説明しても、銀行の言っていることと違う、と一切私の話を信じることなく帰って行きました。
で、その銀行に競売手続を採られ、初めて、競売の債権額と、当初支払を要求された金額が違うことを知り、騙されていたことを理解しました。私の説明のとおりなのですが。
利害が対立しているはずなのに、弁護士の言葉よりも銀行の言葉を信じようとする。
その人は以前、回収もできない裁判に多額の費用を弁護士に取られた経緯があるのですが、多分それで弁護士に対する不信感も生じたのでしょう。

歯がゆいですね。