京都の中華料理店

表題のタイトルにしたのは、ある特別な思いからです。
京都という町は、中華料理屋さんを探すのがとても難しいところです。
中途半端に中華料理屋さんをしていても、デフレを追い風に、史上最大の増収増益を重ねる、某中華「風」チェーンレストランとの競争を強いられるからです。
でも、そんな京都だからこそ、歴史を重ね、京都人に愛される中華は間違いのないものが多いと思います。
そんな中で、私が足繁く通うお店が今から紹介する「一之舟入」です。
高級創作中華と銘打って、日本人がよく知る中華料理のベースを残してアレンジした料理が出てくるお店です。

このブログを始めたきっかけの一つの店でもあります。
というのは、このブログを通じて発信したいメッセージの中に、京都の料理業界全体が地盤沈下を起こしているのではないかという危機感があるのです。
料理人というのは厳しい修行を経て、丁稚時代を過ごし、親方の味や技術を盗みながら、自分の技術を高めて、将来独立したときに、客の満足に応える料理を提供する技術をもってやっていけるようになるのだと思います。

ところが、今の京都は、古き良き時代の町屋という建物を改修し、飲食店を経営すれば、「わー京都らしい」と観光客が喜んでくれて、それでお金が儲かると勘違いしている飲食店が林立(乱立とも言う)しています。
ちょっと料理学校でかじった程度の技術しかないのに、創作料理と称して、気色の悪い料理を並べ、どこの料理か説明できないものだから、無国籍だとか多国籍だとか、創作料理だとかもっともらしいことを言っているというお店があるのです。
少なくとも1回は行かないと、そういうことも分からないので、私もたまにはそういう店に入ってしまいますが、正直、人生における限られた食事の機会1回分を無駄にした損失を返してもらえないだろうか、と思うことが多いのです。

この「一之舟入」も創作中華を掲げていますが、料理長の魏さんは、京都の中華料理界でも重鎮の方で、そういう方が率先して見せる基本の中華の技術の上に積み重ねられた「創作」の意味を、是非とも上の「なんちゃって創作」と比較していただきたいものです。

そんな変なお店がこれ以上増えないことを願い、このブログでは、できるかぎり、そういう「間違ったお店」に無駄に競争を強いられている「本物の味」を応援していきたいと思っています。

そろそろ前置きは終わりにします。いつもと違い、今日はシリアス調でしたね。

写真は春雨ときんしんさい(漢字が分かりません)のサラダです。
サラダという雰囲気はあまりありません。前菜といった方がしっくりきますかね。
サラダという概念も洋の東西でいろいろです。


私がこのお店が一番美味しいと思っている点心のシューマイと蒸しエビ餃子です。
もうそりゃ、食べてみてくださいとしか言いようがありませんよ。
優しい味がして、シューマイなんか肉汁が口の中に広がりますよ。
蒸し餃子の皮なんか、どうやって作っとんねんと思うくらい、口に粉の感じが残らないのです。
また、隣のザーサイですが、私、ここのザーサイが京都で一番美味しいんちゃうかと思っています。


写真がメインの豚肉と茄子の四川風炒めです。
本当は、この店で私がよく頼む裏メニューがあるのですが、裏メニューをブログに出すとお店に迷惑が掛かりかねませんので、このときは、その日のメニューの中から選択しました。
普段はコースでしか出てこない、一品を裏メニューで頼めるのは常連の特権だと思いますが、それほど大げさな料理ではなく、むしろ中華の基本中の基本の料理です。
コースを頼まれた時、いつも見る中華なのに、いつもと違う味がする、というものがありましたら、もしかしたらそれかも、とお考え下さい。
写真の一品、茄子が甘い。調理もさることながら、素材の素性の良さまで伝わってきます。
強いて不満が残ると言えば、とても柔らかく仕上げてあった豚肉がちょっと少なかったことでしょうか(もっと食べたい!)。
あと、このお店のスープは是非とも注意して味わっていただきたい。
普通の店ではあまり重きをおかれないご飯のお供としてのスープ(気が遠くなるほどまずいお店もあります)、そんなところにも手を抜かない店こそ一流です。


写真は最後のデザートです。
タピオカの入ったプリンです。ランチのデザートは選択できませんが、私はここのココナッツミルクのプリンやマンゴーのプリンはむちゃくちゃ美味しいと思っています(って写真のプリンについてのコメントを避けるとなんかあかんかったんかいてな話になりますね。そんなに悪くないんですが、なまじ上の美味しいデザートを知ってしまっているだけに、コメントに力が入らなくなってます)。

で、写真のお昼のランチ1500円です。
お得感満載なため、昼はいつも混雑しています。